鏡の中の恋人 (10/11) | ねこむー
――あの湖の出来事から、約1ヶ月が経っただろうか。
もうすっかり木々達は茜色に染まり、冬の訪れを感じさせるような、少し冷たい風が吹き、髪を撫でた。
町もまだ所々に爪痕は残っているものの、ほぼ前と変わらない姿になるくらい、復興が進んでいた。
毎日、穏やかに日が沈んでいく。
思わず見とれてしまうような夕焼けを目に焼きつけつつ、僕は、家路を急いだ。
綺麗な夕焼けは、あっという間に沈み、やがて夜を運んでくる。
本格的に暗くなる前に、舟に飛び乗り、水路を走らせた。
僕たちは今、朽木の郷、もとい、松風の郷に一軒家を建てて住んでいた。
ここには、もともと人が少ない上に、使っていない空き家が沢山あったので、周りに、仕事の資料とかをたくさん手元に置いておきたい為、もっと広い土地と倉庫代わりになる家も欲しいなどと適当なことを言って、元住んでいた場所から、なんとか皆の反対を押し切りこの土地で暮らせることとなった。
最近では、ここら辺も自然も増えだし、閑静で、僕らにはとてもいい環境だったので、住むことには申し分なかった。
それに僕は、朽木の郷は、名前は変われど瞬の故郷であったため、この土地を大切にしていきたかった。
瞬も、最初はやめようと反対していて、でもそのうち、もうなんでもいいよと言って、諦めた顔をして、半分投げやり気味だったのだが、実際に住んでみると、人目を気にしなくていい上に、とても空気も澄んでいて思ったより住み心地が良く、僕が仕事に行っている間は、お気に入りの場所などを見つけたらしく、よくそこまで散歩に行っているらしい。
今度そこまで、案内してくれるそうだ。
――船着き場について、舟を係留させ上陸する。
少し歩いて、そのうち一軒だけぽつりと明かりが点いた家を目視すると、自然と気持ちが高鳴って、更に駆け足になった。
早く、瞬の顔を見たい。
その一心で帰ってきた僕は、家に辿り着くなり勢いよくドアを開けた。
「瞬!ただいま!」
靴を脱ぎ捨て、駆け足で瞬のもとに駆け寄る。
「今日は遅かったね、覚」
「お帰り」という短い言葉を聞き終わる前に僕はその口を塞いだ。
「…ん…」
口をつけたまま、瞬の温もりを全身で感じ取るように、強く抱きしめた。
「…っ、もう、覚!苦しい!」
やっとの思いで口を離した瞬が、大きく息を吸い込んで、僕を叱る。
「…ごめん。だって、瞬に早く、会いたかった」
瞬の頬に手を当て、愛おしむように真っ直ぐ瞳を見ていると、途端に瞬の頬が赤く染まった。
瞬は恥ずかしそうに目線を逸らして、ぐいっと僕を引き剥がす。
「……もう。そんなことより、覚、今日はほら、もう、今から出掛けるよ」
帰ってきたとこ早速で悪いけど、と何かを取り出しながら瞬は呟いた。
すると、用意していた弁当箱二つを、僕の目の前に掲げて言った。
「ご飯は、ほら、向こうで食べよう?」