「…ちょっと覚!今度は覚の話を僕が聞く番じゃなかったの!?」



 瞬の慌てた声が暗闇の中に響き渡る。
 僕たちは今、屋外にいた。
 鏡は瞬の等身に合わせて作っていたものだから、自力で運ぶには少し重くて、呪力を使って目的の場所まで運ぶ。


 「ねえ、覚ってば!!」
 「…瞬、静かに。もう夜遅いんだから。それに誰かに見つかったら瞬も困るだろう?」
 「…っ!」


 瞬を諭すように喋ると、まるでお前が勝手に連れ出したんじゃないかという眼差しを痛いほどに感じた。

 僕は立ち止まり、一旦鏡を地面に置き、そしてすぐに再びふわっと浮かせた。


 「よいっしょっ…と」
 「…?ここって君の舟じゃないか!一体どこまで行くつもりなんだよ!」
 「ちょっと、そこまでだよ。詳しいことは今からちゃんと話すからさ」



 僕は暗い中、鏡の重さで不安定にぐらつく舟に飛び乗り、舟を繋ぎ留めていた紐を解いた。

 こんな夜遅くに水路付近にいるやつなんてそういないと思ったが、見られたら流石にこの状況は不審者そのものだし、うまい言い訳を考えるのも面倒だったので、万が一にも見つからない為に姿勢を低くしてなるべく音も立てないように呪力で舟を走らせた。




 「…瞬、僕の声、聞こえる?」
 「……うん」
 「別に、無理に返事返そうとしなくていいからね。僕の声が聞こえていればいいよ」
 

 辺りはとても静かだった。
 僕は声を潜めて喋り続けた。


 「…僕も、色々考えてたんだよ。君が僕の前に現れてから、ずっと」


 返事は、ない。ちょっと身勝手が過ぎて拗ねている部分もあるんだろう。


 「……でもやっぱり何度考えても、行き着くところは同じ考えだったんだ」


 舟の先が水を左右にかき分けていく。
 その一点を見つめながら、少しずつ、心の中にずっと秘めていた思いを言葉にして紡いでいく。
 瞬の表情が気にはなってはいたが、今は顔を合わせるのが、少し怖かった。



 「…僕も瞬も、この先もずっと、このままじゃいられないだろう?これはとても現実的な話だ」

 そう、少し、残酷なこの世界の。

 「僕だって、もう子供じゃない。いつまでも、今が幸せなら、このままでいいやって、そんな陳腐な考えはもう、とっくの昔に捨てたんだ」


 自分の声の他に、舟を走らせる水の音だけが聞こえていた。

 
 「…たまにさ、昔の馬鹿な自分にすごく苛立つんだ、今でも。何も知らなくて、何も考えてなくて、与えられた幸せに何の疑いもなくて…、小さな世界だったけど、何もかもが手の内にあって、本当に、幸せだったんだなって」



 …ああ、瞬は今どんな顔をしているんだろう。

 会えない時も、いつも瞬のことを考えていた。
 こう言ったら、どういう反応をして、どんな表情を見せてくれるんだろうって、常に、そんなことばかりを。



 「…今の瞬を作り出したのは、そもそも僕だ。鏡の中に、反映させてしまったのは、僕の身勝手でもあるし、責任も僕にある」
 「…覚、それは結果であって、僕はどんな形であれ君と再び出会えただけで、幸せだよ」


 
 思わぬ返答に口が緩んだ。
 やっぱり顔を見ていなくてよかったと、今ばかりは思った。



 「…ありがとう、瞬。君にそんなことを言ってもらえるなんて、すごく嬉しい。…だけどね、この状況をどうやって収束すべきか、僕なりにずっと考えていたんだ。そしてちょっと、思い当たる節があって、調べ物もしていたんだ」



 そのせいで瞬との時間を削られてしまって、不安にさせてしまったわけだが、結果的に先ほどの出来事はいいきっかけになったと思っている。



 「覚…、だからあんなに必死に…?」



 瞬がそう言ったところで、目的の場所に着いた。
 一旦話を中断させて、船着き場に舟を係留させて、再び呪力で鏡を持ち上げ僕たちは上陸した。