鏡の中の恋人 (2/11) | ねこむー
どうしてこういう状況になったのか、僕は少しマシになった頭で考えてみることにした。
事の始まりはついさっき、ほんの4時間前くらいだった。
今日は、久しぶりに、丸一日休みをもらったので、ゆっくり過ごそうと思って、かなりの疲労もあり、とりあえずベッドに横になったのだった。
狭く散らかった部屋の天井を見ながら、ぼうっと最近のことを思い返してみたのだ。
――あの悪夢のような事件から、約1ヶ月が経とうとしていて、僕と早季は野弧丸を捕えた当事者ということもあって、事件解決の中心にいた。
そして大勢の人が亡くなったため深刻な人手不足のもと、町の再建に携わる重要な役割も背負うことになっていた。
ひっきりなしに問題が降り注ぐ中、自分だけではないが、殆ど寝る暇すらなく、必死に、がむしゃらに手を動かす毎日であった。
でも最近になってようやく色々な仕事も落ち着きだして、僕は今日やっと纏まった睡眠時間を取ることができると嬉々として家路についたのだった。
そんな色々なことを思い返しているうちに、僕はすうっと意識が遠のくのを感じ、心地よく眠りについたのだった。
そして、僕は夢を見たのだ。
あの事件以来一度も見たことはなかったので、久しぶりの夢だった。
けれど、久々に見る夢であっても、決まって同じ、自分が一番幸せだったころの夢を見るのだ。
夢の中だけでも幸せになりたいという無意識の思いが反映される、なんとも都合のいい自分自身の頭に、呆れるほど感心を寄せていた。
――いつも通り、14歳の僕は、気持ちの良い風が吹き抜ける草原を、幸せそうに大好きな人と手を繋いで歩いている。
そのうち、追いかけっこをしたりじゃれあったり、ふわふわと楽しい時間を過ごすのであった。
何回、何千回見ようと飽きはしないこの夢には、ある特徴があった。
その特徴とは、どうやっても、僕のいつも側に居てくれる僕の好きな人の、顔と名前が思い出せない、という特徴である。
…けれど、今日は夢の最中なのに、意識がはっきりとしていて、何かがいつもと違う感じがし、妙な違和感を覚えていた。
やがてその違和感の正体が明らかになる。
いつもはぼんやりとぼやけてしまって見えない、相手の顔が、はっきりと見えていた。
――懐かしい笑顔が、そこにあった。
その笑顔をずっと探していた僕は、思わず、名前を呼ぼうとした。
いつもはその相手の名前を呼ぼうとすると、声が途端にでなくなってしまうのだが、今日はそんな不思議な現象も起きず、僕は思いっきり、名前を声にして呼んだ。
「―――瞬っ!」
――ハッと意識が現実に引き戻され、何の変哲もない自分の部屋の天井が目に入った。
夢の中で名前を呼んだはずが、実際に口に出していたらしく、自分の声で起きてしまっていた。
何かを掴もうとしていたらしく、真っ直ぐに伸ばされた自分の手が目に入る。
全身に少し汗をかいていて、心臓の音が心なしか早く脈を打っていた。
ふと、辺りを見渡す。
そこかしこに散らばっている仕事の資料が目に入った。
寝ぼけた頭で、寝る前となんら変わらない自室であることを確認し、ため息をついた。
――しかし、名前を呼ぶことができた…。
顔を、今までどうしても思い出せなかった、色んな瞬の表情を思い出し浮かべることができた。
いつも周りに分け隔てなく与えられる優しさそのものの微笑みも、新しいことを発見した時に見せる興味津々な無邪気な笑顔も、期待されるたびに表面では笑ってはいるけれど、本当は少し寂しく感じていた複雑な笑顔も…
封印されていた記憶が次々と蘇ってきて、昔の思い出を懐かしむことができる喜びに、思わず一人でほくそ笑んでしまった。
そう、瞬のことを思い出している今は、あのもどかしかった夢の中でさえ、蘇った記憶のおかげで、いつもと違う夢になっていたのだった。
あの事件以来、瞬のことを思い出したにも関わらず、忙しくて懐かしむ余裕もなかったので、夢の中に瞬が怒って出てきたのかもしれないと思うと、少し可笑しくて一人で笑った。
また、夢の中で会ったら謝ろうと思い、もう一度眠りにつこうと目を瞑った。
けれど、心がざわついたままで、中々意識が落ちることはなかった。
――ふと、ベッドに月明かりが差していることに気づいて、どうせ寝れないからと、起き上がって部屋の窓から外を眺めてみた。
すると、綺麗な満月が僕を迎えた。
一瞬見とれてしまう綺麗さが、瞬に似てるな、と思って、穏やかな気持ちで暫く月を眺めていた。
そして、僕は手持無沙汰だったこともあってか、なんとなく鏡を呪力で作っていた。
殆ど手癖みたいなものだったし、今思えば何故その時鏡を作ろうと思ったのかなんて、全く何も考えていなかったのだが…。