鏡の中の恋人



 成人してから26歳になるまでに、大人しか知り得ない情報や仕組みを学び、よりたくさんのことを研究してきたと思っていた。
 まだ解明できていないこと、調べることが困難なことや禁じられていることなど、自分の力だけではどうにもならないこともあったが、大抵ことであれば何でも人に教えられる程度であったし、宇宙の摂理なんかは持論を長々と話すことができるくらい自信があった。


 ――しかし、どういうわけか、まさに今、目の前の現状が理解できない。
 よもや理解の範疇を超えているということ以前に、理解しようとしていない自分がいた。
 とにかく、思考回路は完全に断たれていて、意味もない単語が頭を駆け巡っては消滅する、の繰り返しである。
 冷静になれば少しは頭が回るかと思ったが、とにかく今は、もうそれどころじゃなかったのだ。

 けれど、口は勝手に動いて、無意識に喋りだす。



 「…瞬……?」



 ――彼の名前を呼んだ。
 久しぶりに口にすることを許されたような、とても呼びなれた名前を。


 すると、彼は僕の声に反応するように、目を開けた。
 …まるで翡翠のような、深い青緑色をした瞳と目が合う。


 その瞳を見て、今目の前にいる人物が、まごうことなき、僕の最愛の人だと認識した。


 ――ただ、一つ問題なのが、今僕の目の前にあるのは、自分が呪力で作り上げた鏡であるということだった。
 加えてそこに映っているのは、自分の唖然としている間抜け顔ではなく、今その姿を確認した僕の最愛のその人、“瞬”であることだった…。