きみがいない


「つきあおう」と言われて、あっさり「いいよ」と答えてしまったのが、そもそもの間違いだったのかもしれない。

 僕だってそれなりにお年頃だったりするし、十四にもなれば髪型だって服装だって気になったりもする。こう見えて人並みに、色恋沙汰に対する興味はあるのだ。
 覚のことは好きだし、一緒に居て楽しいし、人懐っこいし犬みたいでかわいいし、彼と付き合ってみるのも悪くはないと思っていた。
――そう、最初は。

「……え、ほんとに?」

 返事をしたときの覚の顔は、目を見開き口をあんぐりあけた、絵に描いたようなびくっり顔だった。
 はっきりと告げられる前から彼の態度は見え見えだったので、いつ言葉にしてくるのか、こっちが焦れたくらいだったが、彼にとって僕の返答は予想外だったようだ。

「やった……やったーー!!」

 言葉の意味が脳内に浸透するのに、少々時間がかかったらしい。しばらくして困惑から立ち直ったらしい覚は大きくガッツポーズを取ったあと、目の前まで詰め寄って僕の手を両手で取り、そのまま握りしめた。

「おれ、瞬のことめちゃくちゃ好きだし心の底から愛してるし。絶対、幸せにするから!!」

 鼻先3センチ前の彼は、赤い瞳を燃えるように輝かせながら早口で言う。
 まるでプロポーズの言葉みたいだ。
 おいおい。それはいくらなんでも、発想が飛躍しすぎなんじゃないか?

 そうは思ったが、楽しそうにかつ興奮気味に捲し立てる覚を遮ることができなくて、僕は表情筋がひきつったままの呆れ顔で、彼の熱意を受け流すのに徹することにしたのだった。



 これが、僕たちが付き合うきっかけになった一幕。
 他者と触れ合うことは多くても、恋人の意味を知らなかった頃の話。

 このとき僕はまだ、彼の言う ”愛” を甘く見ていた。