大輪の華



「終わったーーーーーーーっ!!」

青い空、白い雲、ギラギラ輝く太陽に煌く海。
長かった試験期間も終わり、待ちに待った夏休みが目前にやってきた。
テスト勉強から開放された喜びと自由な休みを控えて生徒達の意識は雲の上だ、たった今も太陽王が「羽目外すなよ」と大声で叫んでいたが、すでに誰の耳にも届いていないだろう。
かくいう俺もその一人で、すでに頭の中は夏休みの予定で埋め尽くされていた。

海だろ、キャンプだろ、カヌーだろ、バーベキューだろ。
それから他にも数え切れないくらい計画があるけれど、まずは間近に迫った神栖66町の夏祭りだ。
今年こそ誰にも邪魔されずに、瞬と手を繋いで露天を冷やかして花火見て、二人で夏祭りデート!!
よし完璧な計画だ、あとは瞬を誘うのみ。


だが、グッと拳を握り締め、振り向いた視線の先に瞬を捕えて意気込んだのも束の間、突如真理亜の背中が瞬の姿を遮った。
そして俺たちを振向きざま、にこやかに言い放つ。
「ねぇ、今年の夏祭りこそ皆で行きましょうよ!」
さも名案と言わんばかりに両手をパンと叩き、長い髪を靡かせた真理亜の言葉に、もちろん俺は思いっきり焦った。


ダメだ、このままでは俺の計画が台無しになってしまう。
なんとしても阻止しなければ!!


「ちょっと待てよ。真理亜、今年は家族と出かけるって・・・」
いつもつるんでいる1班だが、夏祭りの時期は夏休み真っ最中のために毎年誰か欠けていたので、一度として全員で行った例は無い。
そして今年は真理亜が親の実家に帰るという話だったので、今年こそは瞬を誘って二人きりと目論んでいたのに、その野望も儚く敗れ去ってしまいそうだ。
「何よ、文句あるの?」
女王様然とした態度で見下ろされ一瞬たじろぐが、ここで引いてなるものか。大事な瞬との夏祭りイチャコラデートがかかっているんだからな!!

「なら、早季と二人で行けば良いじゃねーか」
仲が良すぎる程仲良しこよしなんだから、手でも繋いで練り歩け!と心の中で叫んでおく。そう心の中で。
声に出さないのは視線が怖いから、なわけじゃねーよ・・・察してくれ。
「馬鹿ね覚。そしたら守が可哀想じゃない。」
「んじゃ、3人で行けば・・」
再度反論してみるけれど今度は早季に「分かってないのね覚」と軽く一蹴された。
「3人で行くなら5人でも一緒でしょう?一緒に行ってくれる女の子いなさそうな覚も誘ってあげてるんだから感謝しなさいよ」
「はぁ?余計なお世話だってーの!俺にだって誘う相手くらい、」
「いるっていうの?へぇ、じゃぁ誰か教えてよ」
小馬鹿にしたような早季の視線が痛い。
が、瞬と付き合っているのは実は秘密だったりするので、ここで言うわけにはいかなかった。
いや、俺があからさまにアプローチしていたから誘う相手と聞いて察しないわけはないと思うが、今ここでバラして変に邪魔されたくはない。
これ以上俺の計画を邪魔されてなるものか。
「誰って・・・別に誰だって良いだろ・・・っ」
チラリと瞬を見れば「二人とも相変わらず仲が良いな」なんて検討違いな事を言っている。
仲良いんじゃなくて、これは口論だ!てか俺の誘う相手ってトコに反応してくれてないのが切ない・・・。

「ほら、言えないって事はやっぱりいないんでしょう?相変わらずホラ吹きなんだから」
ホラは吹いてない、本当だかんな!
と言いたいのをグッと抑えて、俺はちぇっ、とそっぽを向いた。

「じゃぁ、決まりね。時間と待ち合わせ場所は―――」
俺の反論むなしく、真理亜が楽しそうに先へ進めていく。

あぁ、今年の夏祭りも撃沈か・・・。
瞬と二人で打ち上げ花火見たかったんだけどな。
しょんぼりと打ちひしがれた俺を、瞬が何か言いた気な瞳で見ていた事には、もちろん気付かなかった。








そして迎えた当日。
集合時間ギリギリに到着した俺が1番最後で、他の4人はすでに集まっていたようだ。祭りの提灯の下の和やかムードに1人息咳切らせて走り寄る。
「覚、遅い!」
「なんだよ、遅れてねーだろ!」
時計を見上げて確認してみるが、時間は過ぎてなかった。目を吊り上げた早季に到着早々、文句を言われるとかやってらんねぇ。
てか、ちゃんと間に合っているから文句を言われる筋合いはないはずだ。
そんな俺の心の声を読んだのか、早季は手を腰に当てて説教モード。スイッチを入れてしまったらしい、しくじった。
「遅れてはいないけど、5分前行動は基本でしょ!それに女の子待たせるなんてサイテー」
「んだよ、まだ1分前じゃねーか!」
だが、顔を合わせれば始まる口論はいつもの事なので、他の3人に完全にスルーされていた。
最早誰も止めてはくれず、俺と早季を放って違う話題に移っているとか悲しすぎる。

「聞いてるの覚!!」
「はいはい聞いてますよ〜」
まだまだ俺への文句が止まらない早季を無視して前方を伺えば、華やかな浴衣を来た真理亜の姿。
さすがに美少女ってだけあって他の男共の視線を釘付けのようだ、守が居心地悪そうに俯いている。

だが、俺の視線はいうまでもなく浴衣姿の瞬に釘付けだった。
滅多に見ることのできない浴衣姿は、なんていうか・・・色気がありすぎる。
特に襟元から覗く鎖骨に帯を巻いた細い腰は目のやり場に困るほどだ。

やば…

直視できなくて、きっと真っ赤になっているだろう顔を隠すように口元を抑えて視線を彷徨わせた。
「ちょっと覚、何変な顔してよそ見してるのよ。」
「いや別に・・・」
変な顔、とは失礼だろと思ったけど、変な事を考えていたのは事実なので墓穴は掘らないように黙っておく。
目の前の早季もそういえば浴衣だったと今更気付いたが、そもそも早季と真理亜の浴衣姿なんて眼中になかったら「少しは誉めなさいよ」とどつかれた。
「あー、うん、似合ってるんじゃない?」
「何よそのいい加減な答え方!瞬はちゃんと褒めてくれたんだから!」
「うるさいなぁ、瞬が褒めたんなら、俺は別にいいだろ!」
「褒めるのは礼儀でしょ!」
そりゃ悪かったですねー。
メンドクサイと更に適当に返事をすれば、その倍になって早季からの口撃が始まるが無視だ無視。
そもそも誰がライバルを褒めるってんだ。

真理亜が気付いているかは知らないが、早季は瞬が好きだ。
瞬しか見ていない俺と、同じ視線を送る人間を俺が見逃すわけは無いから、これは間違いない。
表面上は真理亜とよろしくやってるみたいだけど、たまにチラチラ瞬を見る熱い視線の意味を見間違うわけだろう?
いや別にそれは問題じゃない。
問題なのは・・・。
守となにやら話している瞬をチラリとみやる。


問題なのは、瞬の気持ちなんだ――





橙色の夕焼けが暗闇を引き連れて、あっという間に空は闇に覆われて満天の星空が頭上を埋め尽くす。
賑やかな笑い声や子供の声、お囃子や神輿を担ぐ音がひっきりなしに聞こえてきて祭りは盛況だ。
わたあめ、もろこし、リンゴ飴、金魚に射的にヨーヨー釣り。

何だかんだ言いながら5人でぞろぞろと出店を冷やかしながら、食べたり飲んだりして歩く。
それはそれで楽しいんだけど、なかなか瞬と二人になるチャンスはなかった。
花火が打ちあがるまで残り約30分。
それまでにどうにかして他の3人を撒いて…

「覚どうしたの?気分でも悪い?」
一人ぶつぶつ呟いていた俺を覗き込んだ守の心配気なその瞳に、一瞬答えに詰まった。
「あ、いや、何でも…ははははは」
まさか瞬を攫う算段をしていたなんて言えるわけもなく乾いた笑みで誤魔化す俺の視界に、見たくはないものが飛び込んできた。


「っ!」
寄り添いながら楽しそうに笑い合っている瞬と早季の姿。
しかも早季の手は瞬の浴衣の袂を掴み、誰がどう見ても恋人にしか見えない二人の姿にドス黒い感情が心をうず巻く。
一瞬で自分の表情が消えたのを、少し残る理性では感じたけれど止める事は出来なかった。
「・・・・・」
「覚?大丈夫?」
まるで睨み付ける様に一点を凝視している俺に、どうしたのかと戸惑った守の声が聞こえたが構っている余裕なんてない。抑えられない感情のまま二人に近づくと無言で瞬の手首を引っ張った。

「ちょっと覚!」
驚いたように俺の名を呼ぶ早季の声が聞こえたけど、今口を開いたら何を言い出すか分からない俺は、きつく唇を引き結び、力のまま瞬を引っ張る。
そんな俺の変化に何かを察したらしい瞬は、逆らう事なく付いてきてくれたが。
「ごめん早季、花火までには戻るから守と真理亜に言っておいて!」
「でも瞬、・・・」
「大丈夫。ちゃんと戻るよ!」
他にも何か話していた気もするけど二人の会話それすら何だか腹が立だしくて、振り返らないまま、ただ前を見て人混みを突っ切った。


辿り着いたのは人気のない神社裏。
すこし小高い場所にあるので、下の方から祭りの灯り賑やかな音が聞こえてくるけれど、ここはとても静かだ。
辺りを見回して誰もいないのを確認してから、やっと瞬の細い手首を開放する。


「何だよ覚、突然走り出して」
背を向けたままの俺に、瞬が呼吸を整えながら聞いてくるが、こんな暗がりじゃ瞬の表情はよく見えない。
怒ってるかな…。
二人りになって、ようやく少しずつ頭が冷え始めた。
何せ早季と話している途中に無理矢理引っ張ってきたんだ、何を言われても仕方ないからとは思うけど、瞬が他の人間と楽しそうに笑っているのを黙って見ていられるわけがない。
しかも触れるなんてもっての他だ。たとえそれが幼なじみの早季だとしても耐えられなかった。
嫉妬深く狭量だと罵られようとも、そこは絶対に譲れない。

瞬は俺のだ、俺の恋人なんだ。俺の印をつけて、俺の贈り物で縛って俺のだって見せ付けて・・・
でも本当は誰にも見せず誰にも触れさせず、俺だけの場所に閉じ込めてしまいたかった。そんな事できるわけないって分かってるけれど。


だって、瞬に嫌われるのが何より怖いんだ。



暗い思考に囚われたまま恐る恐る顔をあげてみれば、そこにいたのはどこか呆れた顔をした瞬だった。
「覚の行動はいつも突拍子ないけど、今回は何が原因?」
全て見透かされているようで、罰の悪い顔をした俺に溜息一つ。
「…怒らない?」
「内容によってだね」
どこか静かな怒りを滲ませる瞳に、うっと息を飲んで、それでも瞬に嘘はつけないと正直に告げる。嫉妬した、と。


「どこに覚が嫉妬する要素があった?」
再度俯いた俺に降ってきたのは、何故か不思議そうな声色の答えだった。
「早季と笑ってた!俺にはあんな笑顔見せてくれないだろ!」
本当に純粋に、ただ楽しそうに笑っていた。
俺の前では決してそんな笑顔を見せてくれないのに。

「なんだ、そんな事…」
呆れたような声に、くだらない事で癇癪を起こす子供みたいだと言われているようで悲しくなる。
「そんな事じゃない!俺には、…大事な事だよ」
こんなに好きなのに、俺の気持ちはまだ瞬には届かないのか。
悔しくてきつく拳を握り締めた。

「・・・覚こそ、いつも早季と楽しそうに話してるじゃないか」
「楽しくねーよ!それにあれは話と言うより口喧嘩だろ!」
誰が好き好んでライバルと仲良くするもんか。
お互いが瞬を恋愛対象として見ていなければ、まぁそれなりに仲の良い異性の友達になれたかもしれないけれど、根本に瞬がいる限りそれは無理に決まっている。
どうしたって相手には負けたくない、と思ってしまうのだから。
「ふーん」
気のない返事に、ますます惨めになってくる。
『恋人同士』なんて所詮、偽りでしかなくて、結局は俺の一方通行の想いに瞬が付き合ってくれているだけの関係なんだ。


悔しくて、瞬の唇を親指でそっと撫でる。
この唇に焦がれているのは俺だけじゃないんだよ、他にもいっぱいいるんだ。
優しくて頭が良くて・・綺麗な瞬。
どうしたら俺だけの瞬でいてくれるのかな。


「瞬、キスしたい」
「・・・改まって聞くなよ。いつも勝手にしてくるだろう?」
「そうだけど、」
今はどうしても瞬に俺を受け入れて欲しかった。
俺が勝手にするんじゃなく、瞬にも同じ気持ちでキスを交わして欲しかった。
乗り気じゃなさそうな顔を見たくなくて、視線を逸らしたままその唇にそっと触れる。

最初はゆっくり優しく、けれどその内物足りなくて味わうように何度も何度も唇を触れ合わせ舌を差し込む。
俺の想いが届きますように、愛しい気持ちが伝わりますように、・・・心が通いますように。
そう願いを込めて。
必死な俺の不器用なキスを瞬は瞳の奥で笑うけど、今さらカッコつけたって仕方ないから瞬を想う本能のまま抱きしめる。
絶対に離すもんか。


何度かのキスのあと、冷たい指先がまだキスしたりない俺の唇に触れた。
「そろそろお仕舞い」
「まだ足りねーよ…」
俺はいつも瞬欠乏症なんだ、早季との仲を見せ付けられた嫉妬はこんなんじゃ治まらないし、本当は今すぐ押し倒したいしキスだけじゃ我慢できない。
だけど無理矢理なんてしたくないし、自分の欲望のせいで嫌われたら死んでも死にきれない。
やんわりと押し留められてしまれば、それ以上は進めなくて不貞腐れながら瞬の肩口に擦り寄った。


俺とのキス、本当は嫌なのか?
いつも俺がそれ以上求めそうな気配を感じると瞬は必ずストップをかける。
隣にいてもキスをしてもきつく抱き締めても、心はこんなにも遠いなんて…
俺のワガママを許してくれるけど、瞬が本当に好きなのは俺じゃなくて…


「覚、何考えてる?」
どこか不機嫌さが感じられる低い声にゆっくり顔を上げると、至近距離にあった瞳とかち合う。
あまりの近さに心臓が跳ね上がった俺を、瞬は少し面白くなさそうな表情のまま視線をふいと逸らした。
「瞬?」
「何、考えているんだ?僕がそばにいるのに…」
「何って瞬のことに決まってんだろ!自慢じゃないが俺の頭の中は瞬一色なんだから」
「それにしては泣きそうな顔をしてたけど?」
「それは、」


「僕といる時は笑っていろよ。僕は笑顔の覚が好きなんだ」


「しゅ、瞬?」
突然の言葉に、頭が真っ白になった。
今、瞬は何ていった?
俺の笑顔が・・好き、って。好きって・・・!!
理解した途端、俺の耳まで真っ赤になった。

自慢じゃないが告白したのも、愛しい気持ちを言葉にするのも誘うのもキスするのもいつも俺からだ。
悲しいことに瞬に好きだと言われた事はない。

幼馴染という立場上、気まずくなるのも嫌だから俺の我侭に付き合ってくれているのだと思っていたのに、そんな言葉を聞いたら期待してしまうじゃないか。



「覚は僕だけ見ていれば良いんだよ」



「!!」
そう言って俺の頬を両手で挟み込むと、初めて瞬からキスをくれた。
ほんの触れるだけのキスに俺の心臓は早鐘をうちはじめ、体温は一気に急上昇。
驚きに固まって目を見開いたままの俺に見せた、少し不貞腐れた顔に理性というもの全て撃ち抜かれた。
「瞬、大好きだ!」
見えない尻尾を振りまくる大型犬よろしく瞬に抱きついた俺は瞬の顔中にキスの雨を降らせ、最後はもちろん深く深く吐息まで奪うほどのキスを送る。
くすぐったそうにしていたけれど、いつもより過度なキスも、瞬はどこか嬉しそうに笑って受け入れてくれた。


途端、瞬の姿が色鮮やかに染まる。キスに夢中になっていて気付かなかったけれど、すでに花火が始まっていたらしい。
大きな音と共に、空を彩る花火が次々と打ち上げられていた。
「・・・戻れなかったな」
「え?」
「花火までには戻るって、早季に言っちゃったんだけど」
困ったように小さく笑う瞬に、そういえば先程何か早季と言葉を交わしていたっけと思い出す。
「ごめん、」
「覚が謝ることじゃないだろ。それに覚の嫉妬、僕は嬉しかったし」
「え・・・っ!!」
暗闇の中、花火の光に照らされた横顔でそんな事をあっさりと言ってのける瞬に、俺の心臓が持つわけない。
多分真っ赤になっているだろう顔を隠すように、瞬を力いっぱい抱き締めた。
「・・・なんで今日はそんなに嬉しい言葉いっぱい言ってくるんだよ?」
照れ隠しにぶっきらぼうに聞いてみれば、キョトンとした後に楽しそうに笑い、


「なんでって、僕も覚と二人で花火が見たかったから」
さらりと爆弾を落とした瞬に、俺はもう何も言えなくなって、その細い身体を言葉のかわりに掻き抱いた。



指を絡ませて見上げた夜空には、まるで俺達のシルエットを彩るかのように大輪の花火が美しく舞い咲いていた。